飛べない蝶
あたたかな春の日差しが降り注ぐベランダに
横たわるチョウの姿があった
近づいてよく見ると
翅が片方 ない
ついている方の翅にも
茶色い染みのような跡がある
しかし 全体は美しく
まだふわふわとした感じがある
ああ多分
冬を蛹で越し
ようやく出てきたチョウだったのだろう
さなぎの殻を破って抜け出てみたものの
広げて乾かす翅が
片方なかった
チョウは翅が片方ないことにも
気づいていないのかもしれない
動かして飛ぶはずが
バランスを崩し落下
弱々しく歩いたのか
風に運ばれたのか
ベランダの溝で
枯れ葉とともに横たわることしかできなかった
せめて花の蜜を吸わせたい
花に止まらせたら
丸めたストローを伸ばして
花の蜜を吸うだろうか
掌を向けると
軽やかに指先に歩いて乗ってきたチョウを
花のそばに移してみる
丸めた口を動かそうとはしない
あ
やがて花から落ちてしまう
せめて
多分あなたが生まれて育った木の下に
あたたかな春の日差しに
やさしい風が
あなたの背中を撫でてくれますように
懐かしいミカンの香りが
あなたに届きますように
何もしてあげられないけれど
あなたが冬を越して生まれて
生きて
歩いた数歩を
わたしは忘れない
ああ
こんなに愛おしいなんて
こんなにかなしいなんて
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